エピローグ ―全てが終わった直後―

 しかし、唄が終わった後、生きた人間は誰一人としていなかった。羅江の唄を最後に、音という音全てが消失する。
 彼女の感情は人一人を殺すには甚大だった。羅江は、自分の強すぎる感情が周囲に与える影響を考えることができなかった。
 死んだ町に一陣の風が吹き抜ける。冷たくなっていく屍を満月が照らしていた。

  * * *

「中村教授、連日の記者会見お疲れ様でした」
「あのような実験を知っていて止めなかったのは私の責任だ。責められるのも当然だろう」
 書類をまとめた中村に、部下の男が声を掛ける。デスクの上にはパソコンが置かれており、画面には無数のデータが入力されている。
「死亡者は何人だったんですか」
「何森羅江を含めて十八人。うち二人はこの大学の者だ」
「崎本先輩と原岡先輩ですよね」
 棟は違うが、中村はどちらとも付き合いがあった。二人とも意欲があったから有望株だったのに、その道は途絶えてしまったのだ。中村は彼らの輝かしい将来を思い、溜め息を吐いた。
 しかし考えてみると、二十年ほど前に同じような事件があった。教授はその事件で欠落種族を発見し、中村はそのときの組織を忘れることができなくなった。彼女の母親による大量殺人事件。中村は無意識に言葉を零す。
「悲劇は繰り返される……か」
 そういえば、欠落種族には唄があるそうだ。それを聴くと欠落種族の思うままに操られると、実験棟監督の男が言っていたのを思い出した。
 彼女はそれを唄ったのだろうか。逃げ場が無いと感じ、辺りを巻き込んで自殺しようと考えたのか。その中には、自分を助けた男もいたというのに……所詮、欠落種族か。
 思考の迷宮に陥る前に、中村は頭を振った。職業柄、何かあるとすぐに深く考え込んでしまう。妻にも言われたではないか、「もうちょっと単純に生きたらどうなの? あなたは真面目すぎるわ」と。
 心を現実に戻した彼は、部下の姿が無いことに気が付いた。部屋を見渡すと机の影に男の足が見える。中村は苦笑した。
「まったく、こんなところで転ぶなよ」
 しかし、返答は無い。不審に思った中村が机を覗こうとした刹那、鈍い衝撃を感じて彼の意識は途切れた。

「何――あの人、死んだの?」
 倒れた男二人を前にして、少女は呆然と呟いた。虹色がかった黒い髪、真っ白な肌。齢十歳ほどの彼女は、信彦が大学の名前を言っていたを思い出して訪れてみたのだ。しかし、そこで聞いた事実は信じ難いものだった。
「あたしの唄を聴いてくれるって約束したのに」
 悲しげに目を伏せ、そして彼女は唄い上げる。羅江とは違う旋律が部屋中に鳴り渡った。少女はすぐに唄を終わらせ、静まった部屋で時を待つ。
 音も立てずにむくりと起き上がった研究員二人の濁った瞳を見つめ、少女は尋ねた。彼らの目とは正反対の、期待に輝いた目で。
「ね、彼の死体はどこ?」