イノセント・パスタイム

「智、俺……理紗と別れたんだ」
 いつもは口が動かないときは無いというほどうるさい健史が、今日に限って一日中辛気臭い顔をしていたから何かあるとは思っていたのだが――智は彼の台詞を聞いて溜め息を吐いた。
「ああそう」
 大事な相談があるからと、一般の学生はめったに来ない屋外ラウンジに呼び出されてみればこれだ。智は空いた席を見つけると皿を置いた。
 鮮やかな紅葉に色づく木々がいくつも立ち並ぶ姿は視覚を楽しませるが、晩秋の寒気はさすがに肌寒い。
「あのな、もうちょっといいリアクションは出来ないわけ?」
「これで何回目だと思ってるんだよ」
 智は皿に積まれたサンドウィッチを口に運んだ。いつもは高くて手が出せないのだが、今日は健史の奢りということでかなり値段の張るものを頼んでやった。
 トマトの瑞々しさを飲み込みながら、以前健史の隣にいた女のことを思い出した。背の低い彼女はそれと反比例するように気が強く、彼に対する別れ話をしたのも一度や二度のことではないらしい。
「どうせまた、復縁しようって言ってくるんじゃないか?」
 新しいサンドウィッチに手を伸ばしながらそう言うと、健史は急に顔を上げた。
「それなんだよ!」
「は?」
 智は手を止めて健史を凝視した。先ほどまで落ち込んでいたことなど微塵も感じさせない素晴らしい笑顔だ。子供が悪戯を企んだときによく見かけるなと彼はぼんやり思った。
「もう理紗の好き勝手にはさせねーぞと思って、で、合コンをセッティングしてほしいんだ」
「はあ?」
 智は思わずサンドウィッチを取り落とした。思わず出た声は、前者とは違い意味を理解したからこその「はあ?」だ。
「どういうことだよ」
「まあ、智が合コンでも開いてくれれば、俺もそんなに悪い顔はしてないだろ? 俺に女の影を感じたら、あいつも反省するようになるんじゃないかと思って」
 不意に小さな突風が吹いた。風が運んできた落ち葉が皿の上のサンドウィッチに着地し、健史はおお、と目を輝かせる。その正面で、智は皿ごとヤツに投げつけてやりたい衝動に駆られていた。
 つまり、健史の勝手な我侭に振り回されろというわけか。悪いという自覚を微塵も持っていなさそうなのがなおさら腹立たしい。やはりこれは子供の悪戯程度のものなのだ。
「わかった。そういうことなら友達に声を掛けてみるよ」
「さっすが! 話がわかるね智は」
 いやいや、まあお前の頼みだしな。あとは適当に言葉を並べ立てるだけだ。智は最後のサンドウィッチを口に放り込んで席を立った。

 もちろん嘘はつかない。
 健史はほとんどの場合何も考えていなくてそれに腹が立つこともあるが、悪いやつではないし一緒にいて楽しい。ただ、今回に関しては、無責任な彼の言いなりになるのが癪だった。
 智は友人の彼女のことをよく知らなかったが、健史の話を聞いて判断する限り、温室育ちのチワワであろうと推測していた。きっと彼女も健史と同じような部類の人間なのだ。
 悪いが、彼女には利用されてもらおう。智は携帯を取り出し、慣れた手つきでキーを操作する。
『急で悪いんだけど、明後日にでも合コンしたいから男子二人女子二人集めてほしいんだ。
 で、お前の学校にいるはずの斉藤理紗って人も誘っておいてくれないか? ちなみに彼氏とは最近別れたから心配ない。
 おもしろいものが見れるはずだから是非頼む』
 この悪友の交友関係をもってすれば、直接は知らずとも彼女に辿り着くことが出来るはずだ。そして、智が仕掛けた餌に食い付かないはずが無い。おもしろい厄介事に進んで足を踏み入れる彼は、きっとどうにかして斉藤理紗を合コンに誘うだろう。
 メールを送信した智はふと顔を上げる。秋晴れに輝く白い太陽を見上げ、彼は手で空を仰いだ。

 当日、智は熱を理由に合コンを欠席した。朝から機嫌の良かった健史は、マスクをした彼に「お前の分も楽しんでくるよ」と言い、意気揚々と待ち合わせ場所へ向かった。
 コンビニで立ち読みをしてどれくらい経っただろうか、携帯が細かく震え始めた。きた、とすばやくポケットから携帯を取り出す。
「ちょっと智、どういうことだよ!」
 通話ボタンを押すと耳に当てる間もなく怒声が小さなスピーカーから飛び出し、智は思わずのけぞった。心当たりは十分すぎるほどあったが、あえて知らない振りをする。
「は、何が?」
「あのさあ、お前理紗のこと知ってるのになんで――」
 智は携帯電話を耳から遠ざけつつ、口角を上げた。目論見は大当たりのようだ。ここで「向こうのことは友人に任せたから知らない」と白を切ってもよかったのだが、友人として一つアッパーをお見舞いするのもいいのではないかという考えが頭を掠めた。
「ちやほやされているところを見せ付けたいんだろ? ちょうどいいじゃないか。お膳立ては完璧さ」
 そう言い残し、彼は電話を切った。どうせ彼らはまた元の関係に戻るのだ。話によると、斉藤理紗は合コンにいくのを相当渋っていたらしい。そんな彼女が仕方なく行った合コンで健史を見たらどうだろう。二人の修羅場と無表情で笑い転げているであろう友人を想像し、思わず噴き出す。
 そこで、先ほどからずっと周囲の目が自分に注がれていたのに気付き、智はそそくさとコンビニを後にした。

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