白い毛玉と俺

 ……まずい。毎日代わり映えしない飯はいつも通り薄味だ。
 柔らかく湿気た飯をもそもそと食べていると、玄関の開く音がした。顔を上げて視線を向けると、そこにはサンダルを履いたご主人がいた。
「ご主人! 散歩の時間だぞ!」
 その手に握られたリードを視界に入れ、尻尾を振って催促する。ご主人が届く距離に来るなり、膝まで掴み掛かってアピールをする。
「はいはい、ロッキー。わかってるってば」
 首元でかちゃりと金属の音がする。小屋から自由になった俺はその場でぐるぐると回り、景気付けに一度吠えた。
 やった! 体がうずくぜ!
 俺はリードをめいっぱい引っ張って勢いよく庭から飛び出した。
「待ってよ、あんまり引っ張らないでー」
 ご主人の情けない声が背を追いかけるが、そんなの関係ねえ。俺は我が道を行くのだ。

 興奮がようやく落ち着いたところで、ご主人を気遣って走るスピードを落とす。道端にはおもしろいものがいっぱいあるから、ぼやぼやしてると見落としちまう。岩の隙間から生えているよくわからない雑草に顔を近付けると、ご主人はリードをぐっと引っ張った。
「食べたら駄目だよ」
 馬鹿にするな、そんなことくらい俺だって知ってる。俺はただ臭ってただけだ。一日一回の散歩だろ、情報収集くらいさせてくれよ。
 不満な気持ちを燻らせながらも気を取り直して歩いていると、電柱に俺以外の犬の印があるのを発見した――って、ちょっと待て。どういうことだ。
 俺は自分で言うのも何だが、この辺りでは一目置かれている。艶々とした立派な毛並みに包まれた無駄の無い体。この美しい肉体美は、ただ喚くしか能の無い同族共ではちょっと見られないだろう。そしてこの賢い知性。そんじょそこらの犬では俺に平伏するしかないというのも頷ける。うんうん。
 しかし問題はこの電信柱に染み付いた印だ。鼻を凝らして臭い主の情報を探る。ふむふむ、……おい待てこれ子犬じゃねえか。俺も舐められたもんだ。
「ふん」
 足を上げ、俺の印で上書きをしておくとしよう。世間知らずに自分の立場ってもんをわからせてやる。
 と、何かの視線を感じる。振り返ると、草の陰に丸いものがごそごそと隠れているのが見えた。全く隠れきれていない灰色は、俺の視線に気付くと大きく震え上がった。咄嗟に逃げようと翻した背に声を投げる。
「おい、お前この俺に会っておいて挨拶もなしか」
「ひっ……ご、ごめんなさい!」
 なんだこの毛玉。じろりと眺め回すと、奴は体をぶるぶる震わせながら、潤んだ瞳をいっぱいに見開いて後ずさる。
「ロッキー、行くよ」
 ご主人が軽くリードを引っ張る。うるせえ、お取込み中だ。人間風情は黙っていてくれないか。
 俺は灰色の毛玉をじっと見つめた。柔らかい毛並みに成熟していない小さな体、どうやらこの毛玉は半年も生きていないひよっこらしい。そして、こいつこそが俺の縄張りの電柱に印を付けやがった奴のようだ。しかし、奴の態度を見たところとんでもない世間知らずらしい。大抵の犬は喧嘩なんか売らずにそっと逃げるか、あからさまに敵意を剥き出しにしてくるっていうのに。
 それにしても、と思う。元々は白かったのであろう毛は、水溜りにでも突っ込んだのか、薄汚れて所々泥も付いている。これじゃあせっかくの白色が台無しだ。伸び放題の毛の下に隠された体はきっと痩せ細っているのだろう。こんなやつはどついてやる気にもならねえ。
「ざまぁねぇな」
 俺は呟き、ゆっくりと奴に近付く。ここまで怯えておきながら逃げない犬も珍しい。ただ単に恐怖で動けないのかもしれないが、それはそれでおもしろい。ちょっとからかって縄張りから追い出してやろう。
 しかし、毛玉との距離が縮まると、ふるふると揺れる毛の下で何かが光ったのが見えた。俺の目にシルバーの首輪が飛び込んできた。
 なんだ、ただの野良かと思っていたが、こいつ飼い犬なのか? 初めて嗅いだ匂いだし、どこからか迷い込んできたんだろう。
「ちっ」
 舌打ちをすると、自分に向けられたものだと思ったのか毛玉がびくりと震えた。黒い瞳は恐怖をあらわにしているが、しばらく餌にありつけていないのだろう、飢えにぎらついている。
「おい小僧、俺についてこい」
 俺はそう言うと、ご主人の隙を付いて思い切り体をよじった。手から勢いよく放たれたカラフルな紐は地面に投げ出される。その先端を捕らえると、口にくわえて走り出した。
「ちょっと、ロッキー!」
 こんな子犬に構ってやるつもりはなかった。ただ、こいつの哀れな姿に無性に腹が立っただけだ。
 ご主人の叱咤を無視し、俺は毛玉をけしかけて川へと向かった。背後からは焦ったような足音が聞こえたが、所詮人間の足、しかもサンダルだ。恐るるに足らず。
 土手を下り、河川敷に着いた俺は足を止めた。ここは俺の縄張りからはずいぶん離れているが、ドッグランがあるからと言ってご主人がよく連れて来てくれていた場所だ。振り返ると、毛玉は意外にもしっかりと俺についてきていた。
 すすきをかき分け、湿った草を踏みしめながら、俺たちはせせらぎの音へ近付いていく。しばらく歩くと背の高いすすきはまばらになり、短い雑草に覆われた土が現れた。眼下には緩やかな川が流れ、魚の影がゆらりゆらりと揺れる。
「おい」
「は、はい?」
 毛玉は恐怖心を顔いっぱいに貼り付けて俺を見上げた。そんなにビビらなくても、別に取って食ったりなんかしねえよ。
「お前、ちっとはその体きれいにしろよ」
 俺はその不安そうな表情を消し飛ばしてやろうと思い、ぐっと口の端を上げ、そして軽く奴を川へと押し出した。しかし、毛玉の筋力は俺の予想以上に弱かったらしい。地面に踏ん張る力のない哀れな子犬は、少し背中を押されただけで足を滑らせた。
「えっ、ええぇぇえええ!?」
 さっきまでの物怖じした態度からは想像も付かない断末魔だ。白い毛玉は岸から転げ落ち、緩んだ土を巻き込んで水の中へ吸い込まれていった。白い水しぶきは予想以上に大きかった。
 あーあ、まあ一応あいつも犬だし泳げるか。
「む?」
 ……と思いながら待っていたが、川には泡がぶくぶくと上ってくるだけで、いつまで経ってもその姿は水面に現れない。というか、せいぜい水位は胸のあたりまでだろうと思っていたし、まさか頭まで沈むなんて考えてもなかった。
 え、もしかしてあいつ溺れてるのか? これで死んだら俺のせい? いや。いやいやいや。そんなつもりはなかった。俺は悪くない。
「うう……」
 だが、その心配は杞憂だった。あの毛玉は見た目の割りに意外とタフだったらしい。白い足が水の中からにゅっと伸びてくると岸の草に取り付いた。
 俺は慌ててその足を掴み、力を込めて引き上げる。毛玉改め白いモップと化した犬玉は、恨みのこもった眼差しで俺を見つめた。さすがの俺も何も言葉が返せねえ。
 いやまじですまんって。

「っしゅん!」
 ひっきりなしにくしゃみをする毛玉の横で俺は座り込んでいた。川で汚れが落ちた毛玉は、さすがに小綺麗になっていた。が、俺は奴からそっと距離を取った。
 案の定、毛玉は一際盛大なくしゃみと共に身震いをした。唾と水滴が辺りに飛び散る。
「何なんですか……僕何もしてないのに……」
 いつまでたっても小声でぶつぶつ恨み言を抜かし続ける毛玉にガンを飛ばすと、奴は尻尾を硬直させて耳を伏せた。根性がないなら余計なことを言わなければいいんだ。
「それにしても、お前、この町の奴じゃないだろ。一体どうしたんだ」
「それが、あの、迷子になったんです」
「はあ」
「山を抜けたことまでは覚えているんですけど」
 毛玉は悄然とした表情で呟く。迷子ならぬ迷い犬は数多しとはいえ、山を越えてくるなんて奴はそうそういない。もちろん、俺もそんなところまでは行ったことがない。見かけによらず、存外見どころのある奴かもしれん。
「特徴なんか覚えてないのか。建物だとか」
「え?」
「送ってやろうって言ってんだ。どうせ、お前だけじゃ帰れねえだろ」
 俺はなんだかんだで面倒見もいいし、行きずりとはいえ縁のできた犬を見捨てない優しさくらいは持ち合わせているのだ。
 まあ、川の水も冷たかったし、負い目があるという自覚もある。
「……ありがとうございます。でも、僕全然覚えてなくて」
「はー、仕方ねえなあ。この近くの山といったら大体見当は付くが」
 山だけだけどなと心の中で付け加える。奴の足取りからも考えると、ここから太陽を追いかけてすぐのところにある山がそれだろう。
「ほ、本当ですか?」
 ぱっと明るい声が俺に投げられる。なんだか声色が変わったなと思い奴を振り返ると、白い毛に埋もれた黒い瞳は尊敬の念に満ちていた。
 きらきらとした視線は、いつも散歩のときに遠巻きに向けられる羨望と敵意のこもった目とはまた違う。
「よし、俺に付いてこい!」
 俄然やる気を出した俺は高らかに吠えると山の方へと駆け出した。
「ま、待ってください!」
 焦った声が俺を追いかけた。

 日が燃えるように赤くなり、ビルの群れに沈んでいく。そろそろ山が近くなってきたんじゃないかと思ってきた頃、毛玉が俺を呼んだ。振り返ることはせず、視線だけ向ける。
「なんだ?」
「僕、思い出したことがあります! いつも散歩で真っ赤な箱とお魚を並べてる店を通るんです」
 真っ赤な箱ぉ? 
 魚を並べている店はその名の通り魚屋だろうが、『真っ赤な箱』って何だよ。そんなものは俺の町では見たこともないから大層な手掛かりなんだろうが、肝心の何かがわからないんじゃ意味がない。
「真っ赤な箱って何だ?」
「真っ赤な箱は真っ赤な箱です。店の隣にあって、白い文字が書いてあるんです。たまに僕のご主人さまが背伸びして使ってます」
 ううむ、聞いてもピンと来ない。人間でも届かないほど大きい箱なのか。赤い箱の謎が解けないと意味がないし、魚屋もろくな手掛かりにならない。という言葉を胸の奥に飲み込んで、俺は「そうか。まあいい」と返す。よくわからないが、山を越えたら見知った場所に出るかもしれないからそれに期待だ。
 そのまま止まることなく町を駆け抜ける俺たちを、塀の陰から低い唸り声が呼び止めた。
「おい、お前ら何してんだ?」
 姿を現したのは一匹の犬だった。顔から背中にかけて茶色く、腹から下は白い。爛々と光る眼は野良特有のものだが、毛並みは艶やかで体付きもしっかりしている。
 一目でわかる。こいつは、強い。
「ここらでは見かけない顔だな。どこの誰だ?」
「少し通るだけだ。お前こそ何様だよ」
 俺は奴から決して目を逸らさないようにしながら答える。おい毛玉、ぼーっと突っ立ってんじゃねえよ。どつくと毛玉は慌てたように俺の後ろに隠れ込んだ。
「俺はこの町のボスだ。怪しい奴を野放しにはできん」
「じゃあどうするつもりだよ。こんなところで喧嘩でもおっぱじめる気か?」
 周囲には帰宅途中の人間どもが歩いている。犬が三匹も集まっているのが物珍しいのか、さっきからちらちらとこちらを見ているが、特に何をしてくるわけでもなく通り過ぎるだけだ。だが、町中で暴れて保健所に通報されるとまずいということくらいわかってるだろう。
 数秒間、睨み合ったまま無言の時が過ぎる。しかし、何かに気付いたのか奴はふと目を丸くし、細めた。
「お前――もしやあのときのチビか? 随分と立派になったもんだな」
「は?」
「俺はお前に会ったことがあるぞ」
 奴は俺の首に付いたタグを前足で指した。
「この町に迷い込んできたの、覚えてねぇのか?」
 ――俺は、一度だけ散歩に出たまま迷子になったことがある。多分、そこら中のものが気になって仕方がなかった頃だ。気が付いたらご主人を振り払って知らない町に来ていた。町じゅう全てが敵に見えた中で、何者かが俺を助けて家まで送ってくれたのを覚えている。その町に関する記憶は、冷ややかに嘲笑う悪意の目と俺を先導した白い足だけだ。
 それが、この町だったっていうのか?
「身の程もわきまえずにキャンキャン喚いてたからよく覚えてるぞ。ビビりの癖に威勢だけはよくってなあ」
 実際、虚勢を張っていた覚えはある。やはり奴は当時の俺を知っているらしい。調子付いてべらべらと喋る。
「そのわりに、迷子になったっつって泣きべそかいてたんだから爆笑もんだな」
 おいやめろ。それをこいつの前で話すな。
 俺の視線に気が付いたのか、奴はにやりと笑って口を噤んだ。くそ、後ろにいるはずの毛玉を振り返れない。
「で? どうした。チビがチビ連れてこんなところまでお散歩か?」
 こんな奴の手を借りるのは癪だが、野良犬の行動範囲は俺たちとは比べ物にならないと聞く。毛玉の情報も俺にはわからないが、聞いてみたら何か知っているかもしれん。
「こいつは迷子だ。……魚屋の隣に真っ赤な箱があるらしい」
 俺の問いに、奴は「ほう」と感心したような声を上げた。
「箱とやらは知らんが、魚屋なら何件か知ってるぞ」
「山の向こうの町だ」
「それなら、ぶち猫のいる魚屋か商店街の魚屋じゃないか?」
 どうだ? と視線を投げると、毛玉は頷いて「いつも猫がいるお店でした」と答えた。
「山を越えるとばかでかい大通りがある。その道を港の方へ進んでいけば、あとはわかるはずだ」
「そうか。助かった」
 死んだ魚の臭いは遠くからでもわかりやすいから、それだけの情報でも十分だ。
「不安ならついていってやろうか?」
 その声と言葉。同じものを耳にした覚えがある。そのときの俺は是と言ったはずだ。だが……。俺はそれを鼻で笑った。
「そんなもんいらねぇよ。あんたは『ボス』なんだろ、しっかり町を守っとけ」
 その言葉に奴は快活に笑ってみせた。

 あいつが言った通り、山を抜けると車がびゅんびゅんと横切る大きな通りがあった。右の方から風に乗って磯の臭いがするから多分港はあっちだ。そのまま走っていると、毛玉が大声を上げた。
「お魚の臭いだ!」
 言うなり俺を追い抜くと駆けていく。あっという間に先へ先へ走り抜け、住宅街の路地へ入り込む。おいおい、こんなスピード出せたのか。慌てて足を回す。
「ここです、あのお魚の店」
 シャッターの閉められた店を通り過ぎざま、毛玉が俺に声を掛ける。その隣には、確かに真っ赤な箱とやらがあった。
「赤い箱って何かと思ったらポストかよ!」
 わかったところで大した手掛かりにはなっていなかったが、少しでも悩んだのは何だったんだ。住宅街とはいえ、思わず吠えてしまうのも仕方ないだろう。毛玉は何のことやらわかっていない様子で疑問符を頭に浮かべていたが。
 夜の散歩道を走りながら白い尻尾を追いかけていると、毛玉はある家の前で立ち止まった。
「ここです……!」
 何の変哲もない一軒家にはぽつぽつと明かりが灯っている。カーテンの引かれた出窓の向こう側からは団欒の声が聞こえる。毛玉は玄関に飛びつき、ばうっと不器用に吠えた。
「僕だよ! 帰ってきたんだよ!」
 室内の話し声が途切れたと同時に騒がしい足音が廊下を通り、玄関の照明が点く。ドアが開くなりサンダルを引っ掛けた女の子が飛び出した。
「やっぱり! モップだ! もー、心配したんだからね!」
 女の子は毛玉を抱きかかえると、おさげを揺らしながら家の奥へ走っていった。声が遠ざかる。
「ママー! やっぱりモップだったよ!」
「あらあら、よかったわねえ。モップったらどこまで行ってたの」
 ……モップってあいつの名前か? 別にいいが、いいのかそれで? 疑念はあるが、あいつは家族の元に帰れて喜んでいるようだし、外野がとやかく言うことでもないな。まあいい、これで俺の役目は終わりだ。そろそろ俺も帰ろうかとコンクリートの道を踏むと、背後から呼び止める声が聞こえた。
「あの!」
 玄関に出てきた毛玉は俺を真っ直ぐ見つめていた。はは、随分と精悍な面になったんじゃないか。
「本当にありがとうございました!」
 送り届けたのは別にこいつのためじゃねえ。帰る場所があるのに帰れないなんて奴をほっぽり出したくなかっただけだ。でも、きっとこいつにとって俺は迷子になっていたところを助けてくれた恩人なんだろう。なら、奴に掛ける言葉は一つだ。
「じゃあな。立派な犬になれよ」
「はいっ!」
 背を打った声は溌剌としていた。

 いやー、それにしても今日の俺は格好よかったな。我ながら惚れ惚れするぜ。帰路を駆け抜けながら月に向かって大きく吠える。なんだか今日はすこぶる気分がいい。
 軽い足取りで家に戻った俺はそのまま小屋に入ろうとしたが、玄関で待ち受けるご主人の姿を見て空を仰いだ。虚ろな目でタイルを指でなぞっているご主人は、きっと親に怒られたんだろう。「あんたが目を離したからロッキーが逃げたのよ!」とかなんとか。もしかしたら今夜の飯は没収かもしれない。回れ右をしたくなったが、俺の帰る場所はここでしかない。
 足の裏が冷たいタイルの階段を踏む。そこでようやく俺を視界に入れたご主人は、弾かれたように立ち上がると俺に襲い掛かってきた。
「うわっ」
 さっと身を翻したが、ご主人の動きは素早く、俺はその腕に羽交い絞めにされてしまった。
「ロッキー! どこ行ってたの!」
 悪いことはしていないと思うが、ご主人のことをすっかり忘れていたのは事実なので返す言葉がない。少し苦しかったが、やられるがままにしておく。
「大きくなってようやく落ち着いたと思ったのに、またいなくなっちゃって……」
 首輪に鎖を付けながら零す苦言が次第に嗚咽に変わり、俺はぎょっとした。
「無事でよかった……。事故に遭ってたらどうしようかと思った」
 ご主人が背中に顔を埋める。毛が濡れそぼって夜風が冷たい。
「すまん」
 そんなに気を揉んでいたとは思わなかった。低く鼻を鳴らすと、ご主人は頭を撫でた後、俺の顔を両手で包み込んだ。
「心配したんだから」
 俺が前いなくなったときもそう言われた覚えがある。そのときはまだ子供だったが、今は俺もご主人も大きくなった。口元に添えられた親指をべろりと舐める。くすぐったそうに笑い、ご主人は立ち上がった。
「お母さん、ロッキーが帰ってきたよ!」
 ばたばたと奥へ駆け込むご主人の姿が、毛玉の家の女の子と重なった。
 きっと、俺もあいつも同じだ。
 俺は小屋に戻ると、皿にそっと口を寄せた。いつ盛られたかもわからない飯は相変わらず湿気ているし薄いし、おいしいとは思えない。でも、まあ、悪くないかもしれんな。

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